ドバイの賃貸でも、世界の他の大都市と同じように、大家と借主の間でトラブルが起きることがあります。しかしドバイの特徴は、こうした関係をしっかり規制し、双方の権利を守る、明確で公平な法律システムがあることです。本記事では、物件を持つ(これから持つ)オーナー・投資家の視点を中心に、賃貸の基本ルールから、買った後の「運用」、最終的な「売却(出口)」までを、現地の実務にそって整理しました。借主の権利についても解説しますが、それはオーナーとして守るべきルールを正しく知り、トラブルを未然に防ぐためです。
1. 契約まわりの基本
ドバイの賃貸契約は、Ejari(イジャリ)への登録が必須です。登録していないと、光熱費(DEWAやEmpowerなど)の接続ができません。「契約後はまずEjari登録」と覚えておいてください。
ドバイの家賃は、複数枚の小切手(post-dated cheque)に分けて支払うのが一般的です。枚数が少ないほど家賃の交渉余地は出やすい傾向がありますが、最近は必ずしもそうとも限りません。近年は4回払い・6回払いなど複数回に分けるケースも増えています。標準的な枚数はオーナーや交渉次第で、「一括のみ」「2分割まで」という物件も多くあります。感覚的な平均としては、年4回(4枚)あたりが一つの目安です。
セキュリティデポジット(保証金)の目安は、一般に家具なし(unfurnished)で約5%、家具付き(furnished)で約10%です。退去時に返金される性質のお金ですが、注意してほしいのが、どれだけきれいに使っていても壁の塗り直し(ペインティング)や清掃の費用を最低限差し引くオーナーが多いことです。「全額そのまま返ってくるとは限らない」と見ておくと安心です。なお賃貸の仲介手数料は、一般に年間家賃の約5%です(多少前後します)。
2. 家賃の値上げルール(Decree No.43 of 2013)
大家から「家賃を上げたい」と言われても、その値上げが必ずしも合法とは限りません。値上げの可否と上限は、今の家賃が、同じエリア・同じタイプの平均賃料よりどれくらい低いかで決まります。基準になるのが、Dubai Land Departmentが公表する公式のSmart Rental Index(賃貸インデックス)です。
値上げ上限は、Decree No.43 of 2013により次の5段階に分かれます。
- 今の家賃が市場平均より10%未満しか低くない → 値上げ不可(0%)
- 11〜20%低い → 上限5%
- 21〜30%低い → 上限10%
- 31〜40%低い → 上限15%
- 40%超低い → 上限20%
値上げが可能か、可能なら何%かは、Dubai RESTアプリやDLD公式サイトの「Rental Index」サービスに物件情報を入力すれば自動で表示されます。「10%まで増額可能」「No Increase(値上げなし)」などと出ます。No Increaseと表示されているのに値上げを求められた場合は拒否できます。また、たとえ値上げ率が適法でも、大家が値上げを適用できるのは契約終了の少なくとも90日前までに、借主へ書面で通知した場合だけです。これを怠ると、大家は値上げの権利を失い、更新時の家賃は据え置きになります。
3. 退去(立ち退き)のルール
大家が借主に退去を求められるのは、限られた法的なケースのみです。正当な理由なく退去させることはできません。退去が認められる主なケースは次のとおりです。
- 自己居住:大家本人、または親族(両親・配偶者・子)が自分で住む場合。適切な代替物件がないことの証明が必要です。
- 取り壊し・大規模修繕:許可を得たうえでの取り壊し・再建築、または住んだままでは実施できない大規模修繕(認定された技術報告書が条件)。
- 物件の売却:一定のルールを満たした売却。
退去を求めるには、大家は公証人経由または書留郵便で正式な通知を送る必要があり、この通知は契約終了の少なくとも12ヶ月前に行わなければなりません。「家賃を上げたい」「借主が気に入らない」「もっと高く払う別の借主がいる」だけでは退去させられません。一方、借主側に違反(家賃滞納・契約違反など)がある場合は別で、12ヶ月前通知は不要です。すぐに通知を出し、30日間の是正期間を与え、それでも是正されないときは退去を求められます(実際の進め方は状況により異なるため、必要に応じて専門家・当局にご確認ください)。
自力救済の禁止:正当な退去理由があっても、大家が鍵を交換したり、電気・水道を止めたり、家財を勝手に撤去したりすることはできません。強制退去を実行できるのは当局だけです。また、自己居住を理由に退去させたのに実際には住まず、すぐ他人に貸した・売却したことが証明されれば、その退去は不当と判断され得て、元の借主は補償を求められる可能性があります。実務上、自己居住で退去させた大家は通常2年以上は実際に居住することが求められます。
4. 違法な値上げ・トラブルへの対応(RDC)
大家が法律に反する値上げを強行し、借主が拒否した場合、借主は大家の同意がなくても、賃貸紛争解決センター(RDC)に直接手続きを進められます。流れは大きく3段階です。
- フェーズ1:オファー&デポジット(供託)。既存契約書・現Ejari・エミレーツID・パスポートのコピーに加え、適法な家賃額のみで作成した新しい家賃小切手の原本をRDCに供託します(大家には渡しません)。これでRDCが借主に代わってEjariを更新・登録できます。費用は約700AED。
- フェーズ2:友好的解決(調停)。その後も大家が異議を続ける場合、裁判の前に調停へ。RDCが中立の立場で正式通知・書類確認・Rent Indexの検証を行います。費用は年間家賃の約3%(フェーズ1とは別)。
- フェーズ3:RDC裁判。解決しない場合、正式な裁判へ。費用は通常約10,000AED。ただし借主が勝訴した場合、この裁判費用は返金されるのが一般的です。書類が整い、値上げが明確に違法な場合は、借主側に有利な判断が下されるケースが多いのが実務です。
オーナーの立場での要点:大切なのは、そもそもRDCに持ち込まれないよう正しく手続きすることです。Indexにもとづく範囲での値上げ・契約終了90日前の通知・正当な退去理由といったルールを守れば、紛争は避けられます。逆にルールを外れた値上げや退去は、借主にRDCで覆され、補償や費用を負うリスクがあります。
5. 賃貸運用の実際
入居者を見つけるには、まずUAEの物件ポータルサイトに掲載します。重要なのは、掲載はエージェント経由でのみ可能で、オーナーが直接掲載することはできない点です。エージェントと契約し、エージェントが掲載・内見対応を行い、入居者が決まります。入居者が見つかるまでの期間は、私の場合で最短2週間、最長で5ヶ月ほど。時期や価格設定で変わります。空室を長く開けると損なので、相場に合わせて交渉しながら、なるべく空室を埋めるのが基本の考え方です。
オーナーは「全額受け取ってからサイン」。契約(テナンシーコントラクト)で最も注意してほしい点です。オーナーは必ず、入居者の支払いを確認してから契約書にサインします。1年契約の分割払いでも2年契約でも、家賃の小切手(post-dated cheque)を全部この時点で受け取ります。全部の小切手とセキュリティデポジットを受け取ってからオーナーが署名する——この順番を守ってください。
運用代行(プロパティマネジメント)とPOA:運用代行に任せれば、入居後のトラブル対応や修理の手配まで基本的にすべて任せられます。日本在住の方はドバイに銀行口座がないことが多く、その場合は小切手の換金や家賃の送金ができません。そこでPOA(委任状)を作成し、当社が一度受け取ったうえで、ご指定の日本(または世界各国)の口座へ入金します。POAを作成する場合、家賃小切手の名義も当社側になります。
短期賃貸(ホリデーホーム)と長期賃貸:短期賃貸は観光客が中心のため、観光地・人気エリア・駅やモールの近くが強くなります。観光需要が高い時期は利回りが上がりやすい一方、入居者が頻繁に入れ替わるため物が壊れやすく、劣化も早くなります。夏は観光客が減り、中東情勢の影響で需要が急に落ちることもあり、さらに運用委託の手数料が約20%と高く、家具付きが必須です。長期賃貸は、内陸でも現地居住者は車を持つため問題なく、エリアを選ばず家具なしでも貸せます。短期賃貸は年間を通すと結局長期と同程度の利回りに落ち着くことも多く、その場合は手間やリスクの少ない長期のほうが良い、という結論になりがちです。短期で行くなら、立地と戦略をよく考える必要があります。
6. プライマリーとセカンダリー(押さえておきたい大前提)
ドバイの物件取引は、大きくプライマリーとセカンダリーの2つに分かれ、買うときも売るときもこの区分が前提になります。プライマリーはデベロッパーから直接購入する「新規販売」で、オフプラン(完成前)の新規販売も完成済みの新規在庫も含みます。セカンダリーはすでに誰かが購入した物件を買う「転売・中古」で、完成済みの中古はもちろん、オフプランでも途中で売りに出されればセカンダリーです。
なぜ重要かというと、プライマリー(デベロッパー直販)は買い手にエージェント手数料がかからず、手続きも簡単(トラスティオフィスに行かなくてよい・カード払い可・ドバイに来なくてよい)です。一方セカンダリーは買い手に約2%の手数料がかかり、名義移転などの手続きも必要です。支払いに使うマネージャーズチェックの発行には現地の銀行口座が必要で、口座がなければ第三者のエスクローを使うため、さらに手数料・手続きが増えます。この差が、後で述べる「セカンダリーが売れにくい構造」の前提になります。将来「自分が売る側(セカンダリー)」になることを見越して買うことが大切です。
7. 売却(出口)の実務
流れは、エージェントと契約(Form A)→ ポータルに掲載 → 買い手が見つかる → オーナーと買い手で売買契約(Form F)、という形です。契約関連はすべてエージェントが関わり、DLDのシステムで契約書を作成します。契約の時点で、買い手から物件価格の約10%をセキュリティデポジット(小切手)として名義変更まで預かります。名義変更の当日は、オーナー・双方のエージェント・買い手がDLDのトラスティオフィスに集まり、名義を移転します(日本でいう「決済」にあたります)。
支払いはマネージャーズチェックが一般的です。これは銀行が資金の裏づけを保証して発行する小切手で、不渡りの心配がないため売主・買主の双方に好まれ、トラスティオフィスによってはこれしか受け付けない所も多くあります。エスクロー口座など他の方法もありますが、マネージャーズチェックが最も一般的です。ただし発行には現地(UAE)の銀行口座が必要で、口座がない場合は第三者のエスクローを利用し、追加の手数料・手続きがかかります。当日は全員が集まり、買い手がマネージャーズチェックを持参して渡し、先に預かった10%は返金するか売買代金の一部に充当します。
NOC(売却に必要なデベロッパーの承諾):買い手が見つかった時点で、デベロッパーからNOC(No Objection Certificate)を発行してもらう必要があります。これはデベロッパーが「この売却に異議はない」と認める証明書で、これがないと名義の移転ができません。買い手の情報を入力してデベロッパーに提出し発行を受けます(日本の方には馴染みのない手続きなので、早めに段取りしておくと安心です)。NOCの発行費用は、デベロッパーへ概ね5,000AED程度かかります。
売却にかかる費用の目安は次のとおりです(金額はAED。円換算は1AED=43円。為替で変動します)。
- 完成済み物件:DLD登録料 物件価格の4%+580AED/トラスティ手数料 2,100AED(売価50万AED未満)または4,200AED(50万AED超)
- オフプラン物件:DLD登録料 4%+40AED/トラスティ手数料 3,675AED(50万AED未満)または5,250AED(50万AED超)
- NOC発行費用(デベロッパーへ):概ね5,000AED
- 買い手が住宅ローンを使う場合:モーゲージ手数料 ローン額の0.25%+290AED
オフプランを途中で売る場合(NOCの支払い率基準):オフプランを売るにはデベロッパーのNOCが必要で、その発行には支払い率の基準があります。多くは支払い40%以上で売却可能ですが、政府系(例:Meraas、EMAARなど)では50%以上からというケースも多く、デベロッパーやプロジェクトによって30%・40%・50%などと変わります(交渉できる場合もあります)。
8. 売れにくい物件・流動性の落とし穴
- 頭金割引の罠:デベロッパーが「頭金を多く払うと割引(例:通常20%のところ50%払うと価格が10%前後安くなる)」を出していると、普通に頭金20%で買った人はその分割高な状態になり、リセール時に価格を下げないと売れにくくなります。
- 同種物件が次々ローンチする構造:似た新築がどんどん出る物件は、セカンダリー(中古・転売)が売れにくくなります。買い手から見ると、セカンダリーでは約2%の手数料がかかる一方、デベロッパーから直接買えば手数料がかからず手続きも簡単だからです。同じような物件がまだデベロッパーにあるなら、そちらが選ばれやすくなります。
基本は「完成まで待つ」:私がいつもお伝えしているのは、オフプランのうちにリセールするのは避けてください、ということです。完成すると実物を見せられるため格段に売りやすくなります。さらに完成物件は住宅ローンを使って購入できるため、現金で買える層だけでなく現地で働くサラリーマン層まで買い手が広がります(オフプランは住宅ローンが使いにくく、買い手が現金層に偏りがちです)。完成済みは「すぐ入居・賃貸運用ができる」「実物を見て確認できる」点で未完成の在庫とはっきり差別化できます。ですから、完成まで支払いを続けられる方・完成まで待てる方・長期で見られる方に購入をおすすめしています。希少価値の高い限られた物件ではオフプラン途中での売却に成功した例もありますが、確実とは言えません。
まとめ:覚えておきたいポイント
- 賃貸:契約後はまずEjari登録(光熱費接続の前提)。家賃は小切手払いが基本。保証金は5〜10%目安(ペインティング代の控除に注意)。値上げはSmart Rental Index+Decree 43(0〜20%)で、契約終了90日前までの書面通知が必須。退去は限られた理由・12ヶ月前通知。不当な値上げ・退去はRDCで対応。
- 運用:掲載はエージェント経由のみ。オーナーは「全小切手+デポジットを受け取ってからサイン」。日本在住ならPOAで家賃を日本の口座へ。短期賃貸は手数料約20%・劣化/不安定のリスクで、年間では長期と同程度になりがち。
- 売却(出口):市場はプライマリー(デベロッパー直販)とセカンダリー(転売)に分かれる。将来「自分が売る側=セカンダリー」になる前提で選ぶ。流れはForm A→掲載→Form F→トラスティオフィスで名義移転。支払いはマネージャーズチェックが一般的。売却にはNOCが必須(デベロッパーへ約5,000AED)。オフプラン途中売却は支払い率基準(多くは40%以上)。基本は「完成まで待つ」。
免責事項:本記事は、ドバイの公式資料(DLD「Smart Residential Rent Index」、Decree No.43 of 2013 ほか)と創業者の現地での実務経験にもとづく一般的な情報提供で、法的助言ではなく、特定の結果を保証するものでもありません。制度・数値・費用は変更されることがあり、個別の事情で結論は変わります。最新かつ正確な内容は、DLD/RERA/RDCの公式情報、または専門家にご確認ください。記載内容は2026年6月時点のものです。
運用や売却、実際のトラブルでお困りの方は、よろしければ個別相談で状況を一緒に確認させてください。現地の目線で、いま取れる選択肢をお伝えできます。
